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やきトリビア

古くから人々の生活に根ざしてきた「やきとり」。このページでは、やきとりに関する「知っているとちょっと楽しい」知識を取りあげます。
ちなみに全や連総本店にも、いくつかのやきトリビアが展示されています。
ご来店の際には、一度探してみてはいかがでしょうか。

豚肉や馬肉のやきとりがある

trivia1

「やきとり」は鶏肉だけを使うのではありません。豚肉や牛肉も使います。それは、幕末期にはじまる現在のやきとりも、鶏だけてなく、豚や牛などの内臓肉をタレ焼きにすることからはじまったからです。※詳しく知りたい人は「やきとりの歴史」近代
ちなみに、豚肉のやきとりが食べられるのは北海道南部(特に室蘭が有名)、埼玉県東松山市、東京、大阪、九州北部(博多屋台や久留米は豚バラ中心)などの地域です。

牛肉のやきとりは、博多屋台にはじまる「サガリ(横隔膜)」が有名な九州北部。
馬肉の焼鳥があるのは久留米と熊本県や宮崎県などです。
鶏肉を使った個性的な「やきとり」を食べたいなら、北海道美唄町の「もつ串(さまざまな内臓が一緒に串に刺っている)」、愛媛県今治市の「鉄板焼鳥(串に刺さらず鉄板で焼く)」などがあります。

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揚げた鶏足のやきとりがある

trivia2

愛媛県四国中央市の市民グループが中心になって活動しているのが「やきとり」による町おこし。その活動のメインになるのが「やきとり」とよばれる若鶏の足の唐揚げです。市内約30のやきとり店には、このメニューがあり、「やきとり」として認知されているといいます。市民グループは、「揚げ足鳥」と名づけ、市をアピールするきっかけにしたいと、パンフレットを作成しています。全国やきとり連絡協議会の「やきとり定義」には、「焼く」という項目があり、果たして揚げた鶏足を「やきとり」と呼んでいいものか、議論が巻き起こりそうです。上げ足を取られないようご注意ください。※愛媛県四国中央市「揚げ足鳥」はこちら

全国の有名な鶏の唐揚げメニューには北海道の「ざんぎ」と愛媛県今治市の「せんざんき」があります。この奇妙な名前は、どちらも由来が中国語。ザーチー料理からおこったネーミングです。

鶏の足をオーブンで焼いたのが香川県丸亀市の「骨付き鳥」。独特の脂と製法で焼き上げた鶏足は、スパイシーでジューシー。ビールがすすむメニューです。
大分県は、鶏の天婦羅「とり天」が名物メニューです。食べるにあたってはカラシ醤油や天つゆなど、さまざまなバリエーションがあります。

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「焼鳥」の季語は冬だ

trivia3

「俳諧歳時記」(新潮社)によると「鶇や雀などの小鳥の肉を焼いたもの。焼鳥と書いた提灯を灯し屋台店で売っているのが多い。暖簾に首を突っ込み、一ぱいやりながら一串齧る。しかし今は牛や豚の臓物を串に刺して焼いたものが多いようである。冬の町の夜景の一つであろう」と記されている。

焼鳥や恋や記憶と古りにけり
石塚友二
焼鳥に生きる楽しさなどを言う
細川加賀
季節鳥に関する季語
鶏合せ・雉子(きじ)・鶯(うぐいす)・雲雀(ひばり)・雀の子・囀(さえず)り・百千鳥(ももちどり)・春の鳥・駒鳥(こまどり)・松毟鳥(まつむしり)・鷽(うそ)・春の鵙(もず)・初燕(はつつばめ)・燕・燕の巣・岩燕・鳥交(とりさか)る・孕(はら)み鳥・巣立ち鳥・引鶴(ひきづる)・春の雁(かり)・帰雁(きがん)・鳥帰る・鳥雲に入る・鳥曇り・引鴨(ひきがも)・残る鴨・鳥の巣
時鳥(ほととぎす)・閑古鳥(かんこどり)・郭公(かっこう)・筒鳥(つつどり)・仏法僧(ぶっぽうそう)、三光鳥(さんこうちょう)、木葉木菟(このはづく)・青葉木菟(あおばづく)・慈悲心鳥(じひしんちょう)・大瑠璃(おおるり)・夜鷹(よたか)・雷鳥・老鶯(ろうおう)・夏燕・翡翠(かわせみ)・鷭(ばん)・山椒喰(さんしょうくい)・葭切(よしきり)・浮巣・鵜(う)・青鷺・水鶏(くいな)・通し鴨・鳧(けり)・羽抜け鳥
小鳥網・秋の鳥・帰燕(きえん)・初雁(はつかり)・雁・渡り鳥・小鳥網・・鵙(もず)・啄木鳥(きつつき)・色鳥・坂鳥・眼白(めじろ)・頬白(ほおじろ)・頬赤・日雀(ひがら)・小雀(こがら)・山雀(やまがら)・四十雀(しじゅうがら)・五十雀(ごじゅうがら)・鵐(しとど)・鶉(うずら)・鶇(つぐみ)・鵯(ひよどり)・鶸(ひわ)・懸巣鳥(かけす)・鶺鴒(せきれい)・椋鳥(むくどり)・連雀(れんじゃく)・菊戴(きくいただき)・鴫(しぎ)
鷹・鷲・梟(ふくろう)・鶴渡る・凍鶴(いてづる)・寒鴉(かんがらす)・寒雀・鶲(ひたき)・冬鶯・水鳥・鳰(かいつぶり)・千鳥・鴨(かも)・都鳥・白鳥・鷦鷯(みそさざい)・鴛鴦(おしどり)
季節鳥に関する季語
江戸時代の俳諧書『毛吹草』の季語
雉子・雲雀・鶯・春郭公・春時鳥・燕
時鳥・水鶏・郭公
雁・色鳥・鴫・鶉・鵙
水鳥・冬鶯・鷹

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詩人・草野心平氏は焼鳥屋をしていたことがある

trivia4

「蛙」の詩で有名な草野心平氏は、明治36年、福島県石城郡上小川村に生まれ、地元の中学校に入学するが、四年で退学となり、16歳で上京。慶応義塾に進むが中退し、18歳で上海へ向かい、アメリカ系ミッションスクールの嶺南大学に入学する。21歳で嶺南大学日本語講師となるが、排日運動が激化したため、翌年に帰国する。新聞記者などをつとめる。

昭和6年、麻布十番で焼鳥屋台「いわき」を開店した。
翌年、店を畳んで実業の世界社に入り、記者生活を営むが、その中で詩誌や詩集を発刊。昭和16年には中国に渡るが、敗戦で昭和21年に帰国し、翌年、貸本屋「天山」を開く。昭和25年、一連の蛙の詩により「第1回読売文学賞」を受賞し、日本文芸家協会理事となった。

昭和27年、文京区に居酒屋「火の車」を開店、昭和32年には新宿にバー「学校」を開いている。

昭和32年に日本ペンクラブ理事、昭和45年「第21回読売文学賞」、昭和52年に勲三等瑞宝章、昭和58年に文化功労者、昭和62年に文化勲章などを受け、昭和63年11月12日に急性心不全で永眠した。享年85歳。

草野心平の自伝より当時の様子を知る

「ある日、上目黒のガード近くの原っぱのなかに屋台が一つほったらかしてあるのに気がついた。埃と泥まみれのその古ぼけた代物を満見た途端、私はこいつでやきとり屋をやろうと独りぎめした。…中略…天平(弟)が、赤坂溜池にあるやきとり屋は凄くはやっているから『兄さん一度行ってみるといいな』と注進した。…中略…私は早速弟子入りを申込んだ。…中略…私は半年ほど毎日そこに通った。やきとりといっても無論豚の内臓のことで、タンとかガツとか子袋とかハツとかその他、適当に切ったのを串に刺した。…中略…私のタレは結局自分の創作であった。あとで高村(光太郎)さんが方々の屋台を試みてくれたけれど、草野君ところのタレが一番うまい、と言った」

「私の場所は麻布十番の安田銀行前ときまりテキ屋連中にもわたりをつけた。いよいよ開店である。屋号は『いわき』。これは磐城岩代の『いわき』で、自分のふるさとの名を屋号にするごくありふれた手合いである」
『草野心平 わが青春の記』(日本図書センター)より

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焼鳥メニューの「ねぎま」はマグロからの名前だ

trivia5

「ねぎま」は葱とマグロを一緒に串で刺した煮物や焼き物のこと。また、二つを取り合わせた鍋物もしくは汁物と「たべもの日本史総覧」「日本たべもの百科」(新人物往来社)にある。

マグロは、現在のように多くの人が有り難がるようなものではなく、庶民のたべものだった。マグロと葱の「ねぎま」は庶民に深く浸透しており、そのスタイルが鶏と葱を串に刺して焼く焼鳥の「ねぎま」に似ていることから同じ名で呼ばれた。

このスタイルを、関西では「鳥ねぎ」「とり串」といい、関東で「ねぎま」と呼ばれる。関東の魚食文化はマグロ中心だから、「ねぎま」が「マグロ鍋=ねぎま」から派生したと考えるのは、うなずけるところだ。

池田弥三郎の語る「ねぎま」

「ねぎまというのは、ねぎまぐろの略だ。どの道上品なたベ物ではないから、その名も下町の職人好みの、品のよくない略符号式だ。しかし下品だということはまずいということではない。わたしなどは好物の一つだ。…中略…俳句の季題の『ねぎま』は煮売り屋のもので、ねぎとまぐろと、それにとうふなども入れて、あまからく煮こんだものだ」
『私の食物誌』「2月14日 ねぎま」(新潮文庫)より

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備長炭の名前は人名に由来する

trivia6

元禄時代に紀州・田辺の炭商人・備中屋長左衛門が新しい炭を考案、販売したことにちなみ、中屋左衛門の字を取って「備長炭」の名前がついた。そのため、備中屋長左衛門が炭を焼いた田辺市秋津川は「備長炭の発祥の地」に指定され、現在も日本一の備長炭生産地として知られている。

炭には大きく分けて、木グズを原料にして整形した「オガ炭」、広葉樹を炭化させた「黒炭」、上記のような方法でつくられる「白炭」の3種類がある。

「白炭」は、カシの木を窯に入れ、徐々に乾燥させて炭化したら、窯の口を大きく開いて大量の空気を送り込む。窯中の温度が1000度以上になった頃に真っ赤に焼けた炭を窯から出し、灰をかけ消火してつくられる。表面に灰がかかって白いことから「白炭」と呼ぶが、断面は銀灰色で、叩くと金属音がする。「白炭」のなかの最高級品を「備長炭」といい、火は着きにくいが、高温で火持ちがいい。
「備長炭」は、日本農林規格(JAS)により、三浦式硬度15度以上と定義されている。三浦式硬度とは、鉛を1度、鋼を20度とし、その間の硬度を20段階に分けたもの。そのため、硬度20度の備長炭はノコギリでは切れないため、ハンマ-で割ることもある。
「備長炭」は和歌山県、高知県、三重県、静岡県、宮崎県などでその多くがつくられる。これはウバメガシなどの原木が入手しやすいことによる。また、外国産のものも輸入されている。

細い「備長炭」は、火がつきやすく火力が強いが、早く燃えてしまう。太いものは火がつきにくいが、長持ちする。そのため、焼き台が細く強い火力を必要とするやきとり屋では細めの「備長炭」がよく使われるようだ。

どうして「備長炭」をつかうのか?

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やきとりの街はご当地やきとりソングを持っている

trivia7

「やきとりの街」にはご当地やきとりソングがあります。そのトップを切ったのは愛媛県今治市。「やきとり天国」というブルースっぽい曲でした。作詞作曲は全国やきとり連絡協議会事務局長の土井中照氏とミュージシャンの三宅富喜氏です。

それに刺戟されて登場したのが福岡県久留米市の「やきとりBoogie」、久留米市を拠点に活動するブルースメン夕暮算大氏がつくりました。北海道室蘭市の「やきとりブギ」は室蘭やきとりのムーブメントに感激した七戸賢氏が作詞・作曲を手がけ、永野宏美さんが歌います。埼玉県東松山市は東松山市商工会青年部が中心になって曲をつくた「東松山やきとり音頭」です。

地域タイトル作詞作曲内容
室蘭やきとりブギ七戸賢一七戸賢一室蘭の歌手・永野宏美さんが歌うテンポよく人情味あふれる歌謡曲。「焼き鳥=室蘭で盛り上がっている今こそ市の活性化への応援ソングとして歌っていきたい」とのこと。
作詞・作曲を手がけた七戸賢一氏は、「室蘭やきとり天国」「焼き鳥横町」「焼き鳥ホイホイ」「焼き鳥三郎修行中」「やきとりブギ」「焼き鳥ドンドン」などの曲をつくっている。
「やきとり食べてこの世はパラダイス~」(やきとりブギ)
東松山東松山やきとり音頭東松山市商工会青年部東松山市商工会青年部「東松山やきとり音頭」は、東松山市商工会青年部が、作詞、作曲、歌、録音、ジャケット写真まで自作したもので、CDも販売されてる。
歌詞は「カシラだ レバサシ ナンコツ タン ハツ やきとり音頭だよ」というもの。
今治やきとり天国土井中照三宅富喜土井中照氏と三宅富喜氏が1999年につくった「やきとり天国」は、同名の本の出版にあわせて発売された。カップリングの「アイラブしまなみ」はラグタイム風の楽しい曲。二人のコンビ曲は地元放送局で優秀賞に選ばれたこともある。
久留米やきとりBougie夕暮算大夕暮算大夕暮算大氏は、久留米市を拠点に活動するブルースメン。2001年に発売されたのが「焼き鳥Boogie」。この曲はシンガポールからも発売された。2004年、6曲入りCDリリース、2005年には夕暮算大 BAND「焼き鳥Boogie」6曲入りCDをリリースする。

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江戸時代、鳥とネギは食い合わせが悪いと思われていた

明代の李時珍によって書かれた薬物書『本草綱目』(1578)には、鶏に関する注意が記されている。「五色のもの。黒い鶏で白首のもの。六指のもの、四距(けづめ)のもの、死んで足の伸びない鶏などは、害があるので、食べてはいけない」「よく鳴く閹鶏(えんけい=去勢した鶏)も、有毒。四月に卵を抱いている鶏の肉は、食べてはいけない」「五歳以下の小児が鶏を食べると、かい虫を生ずる。鶏肉と葫(にんにく)・蒜(ねぎ)・芥(からし)・李(すもも)と食べ合わせてはいけない」とある。

正徳二年(1712)頃に出版された図説百科事典『和漢三才図会』(寺島良安著)には、「小児五歳以下にして鶏を食えば、かい虫を生ず。鶏肉と糯米(もちごめ)と同じく食えばかい虫を生ず。鶏肉を葫蒜芥李にあわせてこれを食うべからず。鶏肉と生葱(なまねぎ)と同じく食えば虫痔となる。鶏肉を鯉魚と同じく食へば癰(よう=皮が薄くてやわらかい腫れ物)となる」と書かれている。

これらの記述から、鶏とネギを一緒に食べると寄生虫を生ずると信じられていたようだ。これらの食い合わせのほとんどは迷信のようだ。
では、ネギの代わりに何が食べられていたかというと「芹」なのである。肉の臭みを取り、肉の味を引き立てる香味野菜が選ばれた。
「芹の上鴨昼寝してうなされる」の古川柳がある。
幕末頃になると、鳥とネギはよく食べられるようになる。タブーよりも美味しさが勝った「論より証拠」状態といえるのだろう。
「ネギばかり食うも一足ちがいなり」と、宴会への遅刻がこう詠まれている。

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忠臣蔵のセリフに「鶏」がでてくるものがある

並木千柳、二代目竹田出雲、三好松洛らが作者となった歌舞伎の人気の演目『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』「七段目」のセリフに鶏が登場する。吉良方の目を晦ますため、祇園で遊興にふけっていた大星由良之助は、敵の間者から蛸をすすめられる。そのあと、「これから鶏締めさせ鍋焼きしょ」というのだ。
このセリフからも、元禄時代の日本では、鶏が食べられていたことがわかる。

また、軍鶏が登場するのは『三人吉三廓初買(さんにんきちざくるわのはつがい)』で、堂森が軍鶏ネギを買ってくる場面がある。「軍鶏で一杯」というセリフも世話物に多くみられ、鶏や軍鶏の鍋はポピュラーな存在だったようだ。
ちなみに『仮名手本忠臣蔵』の題名の「仮名手本」とは、浪人たちの数がいろはと同じ四十七人、大石内蔵之助の名前を暗示する「蔵」に忠臣が集まるという意味で「忠臣蔵」となった。もともとは人形浄瑠璃のために書かれた芝居だったが、人気を博したため、歌舞伎に転じた。また、元禄時代に起こった討ち入りを南北朝時代の設定にし、『太平記』の人物を登場させている。

『仮名手本忠臣蔵』の登場人物は、歴史上の人物の名前に洒落や地口を駆使し、実在の人物を想像させる。例えば、浅野内匠頭の名前は塩で有名な赤穂藩を連想させる塩谷判官となり、吉良上野介は作法を司る高家筆頭であることから高師直の名を当てはめた。大石内蔵之助は大星由良之助となり、大高源五は大鷲文五と変化している。大鷲文五は、大高の苗字を大鷹として読み替え、鷹から鷲に変化させた。

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